朝の光が静かに降り注ぎ、朱塗りの梁の陰に淡い影を落とす。風がそっと吹き抜け、軒下の木組みを優しく撫でる。石畳の階段には、幾度も踏まれた時の記憶が刻まれ、俗世と静寂を分かつ境界線のように横たわっている。そこを一歩越えれば、喧噪は遠くかすみ、時の流れさえもゆるやかになる。
小径が続く。古びた石灯籠が並び、その表面には苔がじっと息づいている。それはまるで長い時を経た語り部のように、旅人の足音を静かに見送る。木立をすり抜ける風が、ささやくように葉を揺らし、かつて誰かが語った物語をそっと耳元で囁いているようだ。奥へ進むと、ひっそりと佇む鳥居の赤が、遠い世界への扉のように視界に滲む。その向こうには何があるのか――知りたくなる衝動が、胸の奥で小さく疼いた。
庭の奥深く、青瓦の屋根に守られた静謐な家屋。冬の寒空に、枯れた細い枝が手を伸ばし、沈黙の詩を描き出す。かつて、ここにひとりの旅人が立ち尽くし、叶わなかった夢を風に呟いたことがあったのだろうか。あるいは、月明かりが優しく庭を包む夜、誰かがそっと灯籠に触れ、長い年月の埃を払いながら、胸の奥に眠る記憶を思い起こしていたのかもしれない。
空は静まり、すべてが沈黙の対話を続けている。ただ、ときおり遠くから響く鈴の音だけが、この深い時の隙間にそっと灯をともすように、柔らかく心の奥に沁み込んでいくのだった。
ns 15.158.61.18da2